「投資の勉強」ってなんだろう。

 

結論から言うとぼく自身も「投資の勉強」がなんなのかそもそもよくわかってないんだ。

 

でもこの考え方こそ、一番大事で、一番必要なものだとぼくは思ってる。

 

以下は池田晶子の「14歳からの哲学」の3.考えるの章の「生きるのは素晴らしいか」「生きるのはつまらないか」を「投資に勉強は必要か」「投資に勉強は不要か」に置き換えたものだ。

 

なるほどと思うか、当たり前と思うか、何言ってんだコイツは?と思うかはキミ次第だけどこういうモノの考え方もあると言うことを今日は伝えたいんだ。

 

「投資に勉強は必要だ」「投資に勉強は不要だ」の前にみんなの思う「投資の勉強」は何なのか、考えてみないかい。

 

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「投資に勉強は必要だ」派の人は、投資に勉強は必要だと思うと主張し、「投資に勉強は不要だ」派の人は、投資に勉強は不要だと思うと主張している。

両派の間で、「どっちなんだかよく分からない」派の人が、いろんな意見があっていいと思いますなんて主張している。

議論は賑やかに白熱して、決着はとてもつきそうにない。

そりゃそうさ、いろんな生活やいろんな性格の人が、それぞれ自分の意見が正しいと思って主張し合っているんだから、決着なんてつくわけがないんだ。

ところが、中で一人、それまで黙ってみんなの議論を聞いていた人が、意見を求められて、ポツリとこんなふうに言ったとする。

 

投資に勉強は必要だとか投資に勉強は不要だとか思うことが、どうしてできるのか、それが僕にはわからない。だって、それを思うことができるのは、僕が投資をしているからなんだけど、僕には、僕が投資をしているということがどういうことなのかが、分からないんだ。でも、それがわからなければ、投資に勉強は必要だとか投資に勉強は不要だとか思うことが、どうしてできるんだろうか。

 

どうだろう、この彼の発言を聞いて、他の人はどんな風に思うものだろうか。何かおかしなことを聞いたように思うだろうか。それとも、すごく当たり前なことを聞いたように思うだろうか。

おそらくは、わかるようでわからないような、なんとも不思議な感じにになるんじゃないだろうか。

たぶん、多くの人は、彼の言っていることがうまく理解できずに、元の賑やかな議論へ戻ってゆくだろう。

でも、投資に勉強は必要だとも、投資に勉強は不要だとも、どっちとも分からないとも言っていないこの彼の考え方こそ、一番大事で、一番必要なものなんだ。なぜだと思う?

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さあここまで読んだ人は続きが気になって来たんじゃない!?!?!?
原文を知りたい人はこちらをどうぞ

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